おもう|ピンク・フロイド「あなたがここにいてほしい/Wish You Were Here(1975)」

困難に直面した時に、そばにいてほしいとおもうひとがいますか。もしいるのであれば、それは単に家族や親族に限らず、同じ宿命のようなものや悲しみを抱え、それを分かち合えるひとだと思う。そばにいて、悲しみや怒りや、言葉にならない思いを分かち合ってほしいと願うこと。まして、自分がうまく判断できないほどに弱っているときなど。

あなたが思い浮かべた人は、もしかすると遠くにいるひとかもしれない、隔たって、言葉を交わすことができないかもしれない。本来であれば、言葉はひととひととの懸け橋となるべきだけれども、それがかなわないとき、ただそのひとのことを思うことしかできないとき、ひとは自分の中でそのひとに独り言のように問いかけるしかない。そのひとの姿かたちを思いながら、時には悲しみとともに、時には怒りと共に、そして、恐れや不安を抱えて、思い浮かべるしかない。そうしたモノローグを経ても、結局は同じところを堂々巡りするしかないかもしれない、そして、また虚しく同じ願いにたどり着くだけかもしれない、あなたがここにいてほしい、と。そして思い浮かべるしかできない。

この楽曲の不思議さというのは、まるで「あなた」と直に対話しているような問いかけで始まるにもかかわらず、同時にあなたに「ここに」いてほしいと願うこと。その不思議さ、違和感を読み解きながら、この楽曲の本旨を見ていきます。

楽曲の概要

  • 1975年に発表されたアルバム「炎〜あなたがここにいてほしい/Wish You Were Here」の収録曲。「クレイジー・ダイアモンド/Shine On You Crazy Diamond」など悲痛な楽曲が占めるアルバムのなかで、唯一穏やかさや優しさを感じさせる楽曲。
  • 同アルバムはピンク・フロイド初期に中心人物であったが、薬物依存と精神疾患によりバンドを脱退したシド・バレットに捧げられたと言われている。
  • 数多くのカバーを生んでいる楽曲であるが、特に「Sparklehorse and Radiohead」によるカバーがすばらしいので、ぜひ一聴を。

遠いあなたへの問いかけ/空の青さと苦しみの違い

So, so you think you can tell
Heaven from Hell
Blue skies from pain
Can you tell a green field from a cold steel rail?
A smile from a veil?
Do you think you can tell?
-David Gilmour/Roger Waters “Wish You Were Here”

ピンク・フロイドの熱心なファンであるほど、この楽曲の穏やかな語り口に違和感を感じることが多いのではないでしょうか。フロイドの歌詞はしばしば警句のようであり、「I」と「You」の関係は、「私」が「お前」に諭すように語り掛けることが多い。だからこの歌詞も、「私」が「お前」に対して『君はなんでも知っていると思いこんでいる。じゃあこの違いはわかるのかい?わかると思っているのかい?』と問い詰めているように取れなくもない。

けれども、ギルモアの穏やかな口調で歌われるこの楽曲は、そのように問い詰めているようにはとても聞こえない。むしろ素朴な口調で「あなた」に問いかけを重ねるほどに、『これらの違いがわからないんだ。』と迷う、弱々しい「僕」が浮かび上がる。この楽曲には、そんなふうに混乱しながら問いかけざるを得ない語り手の姿が描かれているように思えるのです。

あなたを壊した取引/奪われた人生

And did they get you to trade
Your heroes for ghosts?

And did you exchange
A walk on part in the war
For a leading role in a cage?
-David Gilmour/Roger Waters “Wish You Were Here”

ここで、「彼ら/they」の存在が語られます。彼らはあなたに不利な取引を強いて、「戦争のなかのわき役」から「檻の中の主役」へと追いやってしまったと。ここで戦争を争い多き実人生ととらえると、わき役でも実人生に参加していたあなたが、不利な取引により、閉ざされた、実人生から外れた場所での主役となり果ててしまった、と語っているのです。

この一節は、否応なしに、初期ピンク・フロイドの中心人物であるシド・バレットを思い起こさせます。重なる問いかけから、『なぜ君はこんな取引に応じてしまったのか。どうしてこんなことになってしまったのか。』という怒りと無念さが浮かび上がります。ただし、その怒りは、「君」に向けられているというよりは、「彼ら」への、システマティックなものへの怒りをを感じるのです。

この作品の発表後、バンドが「Animals」「The Wall」など「彼ら/they」への怒り・憤りを強めっていったことを踏まえれば、仲間を狂気へと追いやった「彼ら」への行き場のない怒りが感じられる一節です。

ふたつのさまよう魂/おなじとまどい、おなじ怯え

How I wish, how I wish you were here
We’re just two lost souls swimming in a fish bowl
Year after year
-David Gilmour/Roger Waters “Wish You Were Here”

ここで唐突に『どれほどあなたがここにいてほしいと願っただろう』と、「あなた」の不在が叫ばれるこの一節を前にして、違和感を感じるひともいるのではないでしょうか。これまでひたすら「あなた」に問いかけ、対話していたにもかかわらず、あなたが不在であること。つまり、これまでの問いかけはみな、歌い手自身のモノローグであり、不在のあなたに向けられた問いかけだったことがわかるのです。

「わたし」と「あなた」は、金魚鉢の中のさまよえる二つの魂とたとえられます。金魚鉢は、決して居心地のいい場所ではなく、空気が徐々になくなっていくような息苦しさや、飼いならされて、行き場がない閉塞感、そんな状況をさまよい続ける魂が描かれます。また、「あなた」が不在であっても、まるで金魚鉢のなかで宿命により結び付けられているかのように。

Running over the same old ground
What have we found?
The same old fears
Wish you were here
-David Gilmour/Roger Waters “Wish You Were Here”

同じ場所を走り回り続けて、同じような恐れや不安を見つけただけ、そんな堂々巡りの徒労感と虚しさが感じられる一節です。こんな行き場のない気持ちをあなたと分かち合いたいのに、不在のあなたへの喪失感がつのることで、無力感さえ感じられます。

このように、歌い手の「わたし」は、ピンク・フロイドの楽曲にはめずらしいほどに、迷いや怒り、悲しみを抱え、その感情を素朴な問いかけにのせて、不在のあなたに語り掛けているのです。

ふたつの声/澄んだ語り

このように、この楽曲は行き場のない怒りや悲しみを描いていますが、けれども不思議と穏やかさに満ちてもいるのです。むしろやさしい陽ざしの中でこそ聞きたくなるような晴れやかささへ感じられます。ギルモアの語り口とアコースティック・ギターにより、むしろ透き通った空の青みのような悲しみを感じるのです。

それは、この楽曲の終盤に奏でられるギターソロとアウトローのスキャットのように、むしろいまここにいない「あなた」を思い浮かべながら対話することの幸福感に包まれているのです。まるで、ことばにはならずとも、ふたつの魂が響きあい語り合うような。

ことばは喪失感や悲しみに満ちているのに、晴れやかな陽光のような音楽のおかげで、あなたがここにいないことの哀しみが主題であるというよりも、むしろあなたに語り掛けること、あなたがいてほしいとおもうことそのものがこの楽曲の主題となり、普遍性を獲得している理由なのではないでしょうか。

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